2012/06/30

[カウントダウン企画]開幕まであと19日


ロンドン初演時のプログラムより
創作の裏側を大公開。


ある劇作家の日記
Diary of a Playwright

デヴィッド・エルドリッジの執筆日記より:『千に砕け散る空の星』創作の裏側


2010年1月22日(金)
仕事にかかる前にサイモン・スティーヴンズとロバート・ホルマンと私で朝食がてら
ソーホーを歩く。三人でしっかり作業にかかった2002年以来、
お互いの生活がいかに変化したか、笑いながら思いを馳せる。
初日まで日記をつけることに同意する。
2002年の夏、ロバートが私に三人でいっしょに書こうよと言ってきた。
サイモンは、ロイヤルコートのバーで私がつかつかとやってきたことを覚えていた。
ジョークなのだろうが、私に叱られるんじゃないかと思ったと言う。
だが私としては、ロバート・ホルマンが三人で芝居を書こうと言っている、
と伝えただけだ。2002年11月、私が食事を用意することになったが、
お金がほとんどなかったので、
ロバートとサイモンに夕食をたっぷり用意してやれるかどうか心配になった。
肉屋で一番のソーセージを買い、生クリーム入りの特製マッシュポテトをつくった。
そしてランチョンマットと共に私たちの戯曲を丁寧に並べ、
芸術家三人の会合を象徴的に表現した。




2010年2月1日(月)
この数日はとても寒く、冬の天気で悪夢のようなおそろしい出来事を思い出す。
クリスマス直後、妻といっしょに出かけた時のことだ。
ウェスト・ペナイン・ムーアの私たちの家の近くで、
一匹の間抜けなスパニエルが貯水池の氷の上を走っていたら氷を破って溺れてしまった。
犬がどうにか生き延びようと泳ぐ姿からいろんなことを考えた。
ロバートとサイモンと私は2004年クリスマス直後の大津波で起きた悲惨な出来事に
刺激や衝撃を受けていた。
大自然の驚異的な力を前にすると私たちの存在など取るに足らないのではないかと
考えた。私たちを人間として定義しているものはなんだろうというのは、
私たち三人も劇作を通じて常に考えてきたことである。あのような驚異的な力を前に、
意識して考え、行動する能力があるからこそ、私たちは人間であるのかもしれない。




2010年2月10日(水)
キャスト第1段。ピアス・クイグリーとアラン・ウィリアムズがそれぞれ
ジェイムズ、ジェイクに決定した。




2010年2月13日(土)
今週は一日、オーディションでロンドンへ。
土曜日の朝一番に『春のめざめ』とサイモンの『パンクロック』に出た
ハリー・マッケンタイアに会った。二つともリリック劇場の作品である。
昨日のオーディションには行かなかったが、
夕方までにショーン・ホームズが電話で状況を教えてくれた。
彼らはハリーに是非ハリーにオファーすべきだと思っていたので、
フィリップは決まったと思う。オーディションというのは不思議だ。
いいと思っていた俳優が、呼んでみたらよくなかったり、その逆だったり。
戯曲について新鮮な発見をし、俳優と実際に旅してもみる。
俳優に会って、ちょっとどうかなと思ったりもするが、二週間経つと、
この人が適役でベストなのだと思う。




2010年2月18日(木)
サイモンが今朝ニュー・サイエンティスト誌の記事のリンクを送ってきた。
三回読んだが、まだ完全には理解できない。
2006年6月、私たちはロンドンのインペリアル・カレッジへ行き、
実験天体物理学を教えるイゴール・リュバルスキ博士を昼食に誘った。
彼はアメリカ人の同僚を連れてきたのだが、このふたりは最高の漫才師だ。
バーでの世間話のように天体物理学や宇宙論の専門用語をくり出し、私たちは驚いた。
彼らが世界の終わりに関する様々な理論を話題にする様子は、
災害モノのハリウッド映画の主人公の会話のようだった。
最後に彼らはコズミック・ストリングという概念をもち出した。
NASAの望遠鏡が捉えたもので、私たちの宇宙を破壊するという。




2010年3月4日(木)
第一場と第三場の変更について、私たち三人ともメールのやり取りで意見が食いちがう。
ロバートとサイモンとそれぞれ電話で話す。
彼ら二人の書き方にはあまり共通点がなく、
それに比べると私の書き方は二人の書き方と似ているので、
しかたなく私が二人の間に入って調停役を務めるようになった。
おかげでこの戯曲の創作上、私が重要な役割を演じることが多くなったが、
髪を掻きむしりたくなることもたびたびあった。
唯一このプロセスで不公平なことは、
結局私がピースメーカーになってしまったことではないかと思う。
題材を生み出し、戯曲全体を書いては書き直すというのを
全員が責任をもってやってきたが、
三人のうち一人だけが(国連の前事務総長コフィ・アナンと彼の和平任務にちなんで)
「コフィ」になってしまった。




2010年3月11日
サー・ニコラス・ハイトナーとナショナル・シアターで打ち合わせ。
私が戯曲化しようと思っている小説について話す。
ニックはナショナルの芸術監督だが、リリックの状況はどうなの、
稽古はいつ始まるのと訊く。
イースターが終わったらすぐ始まる、強いアンサンブルの俳優を集めたと伝える。
洒落のつもりで、ショーン・ホームズは穏やかで気楽な性格なので
私たちの戯曲にふさわしい演出家だ、彼なら三人の作家とうまくつき合える、
共同作業に四苦八苦している人もいるけれど、と伝える。
サイモンが最近漏らしたところでは、ショーンは2008年秋、
リリックの芸術監督に任命されるすこし前に私たちの戯曲を読んだらしい。
どうりでリリックの仕事がスピーディーだったわけだ。
ショーンが在任して一年かそこらで私たちの劇は上演されたのだが、
それも彼が劇場の運営を始めて数日のうちに決まったことだった。




2010年3月19日
プロデューサーのベイリーが昨日メールを送ってきた。
「一つ確認したいのですが、芝居で使うのはゴールデン・レトリヴァーにしますか、
それともラブラドールにしますか?
ラブラドールが必要なら、ブラウンでなければいけませんか、
ゴールデンでもいいですか?
リタイアした盲導犬が二頭候補に挙がっています。
広報部長のエイミーが地元紙を通じてコンペをしようとしていますので、
三人の希望を知る必要があるのです。」犬のキャスティングはさすがにはじめてだ。




2010年4月6日(火)
稽古初日。
サイモンがいないので、ロバートがカンパニーの前で彼のメールを読み上げる。
サイモンいわく、
「謎に満ちた戯曲のように感じられるでしょう。そんなことはありません。
すべてページの上にあります。台詞を声に出せば、それだけで生きたものになります。
キャスティング中にロバートから来たメールをショーンが読み上げる。
「『千の星』にいい俳優を配役することは大事です。これはロマンスです。
つまり私たちがこうであってほしいと思う世界についての劇であって、
必ずしも現実のままの世界についての劇ではないのです。」
このおかげで本読みのトーンはあたたかく、やさしいものになる。
昼食のあと、ロバートとわたしが、いかに三人で本を書いたのかを話す。
まず互いをよく知ろうと何巻もの壁紙にシーンを書いていき、
一本のペンを三人で回していったこと。俳優陣から笑いが起き、いくつも質問がある。
それからすぐさま第一場の病院を稽古する。いよいよ芝居づくりの本格作業が始まる。




(初演のリリック劇場プログラムより)
訳:広田敦郎